第32回勉強会開催、「最近の中国事情」

12月19日、第32回勉強会が開催され、当会共同代表の南村志郎さんから、「最近の中国事情」について紹介していただきました。

まず、中国はいままさに「東方不亮、西方亮」※の状況にあると述べました。ここで言う「東方不亮、西方亮」とは、文字どおり、「東方は暗いが、西方は明るい」という意味で、中国はいまもっぱら英国など欧州との経済協力を積極的に強化し、欧州も中国との経済的な結びつきを強めていると説明。その一方、日本はまだ中国脅威論にとらわれ、中国を敵視する論調が強く、両国関係に影を落としていると指摘しました。

また、安保法が施行される来年3月以降、安倍政権は日本国民が抱いている島への思いを利用して、ここは日本の領土であるということをはっきりさせる行動を起こし、日中間の緊張は高まるのではないかとの懸念を示し、これでは、いくら民間交流を進めても、政府間交流の見通しは暗く、来年の日中関係は明るいとは言えないとの見方を示しました。

このほか、経済、貧困、軍、PM2.5等、中国が直面する多方面の問題についても触れ、これらを巡って出席者との質疑応答が行われました。

注:もともとは毛沢東の言葉で、「東が上手くいかなくても西がある、方策はある」という意。

第31回勉強会開催、「日本の安保法制に対し中国はどう受け止めたか」

11月21日、第31回勉強会が開催され、前中国通信社社長で当会会員の薛永祥さんから、「日本の安保法制に対し中国はどう受け止めたか」と題し、中国の公式報道からみた安保法制成立に対する中国の反応について紹介していただきました。

衆議院通過の際には、安保法制の分析として、「安倍政権の安全保障法の核心は集団的自衛権の行使容認によって自衛隊の海外での軍事活動を拡大すること。第二次大戦終結後の安保政策の最も重大な転換で、日本が平和憲法と「専守防衛」の国策を完全に放棄したことを意味する」(東京7月16、17日発新華社)等と報じられました。

参議院通過の際には、安保法制に対する対応として、「中国には日本の選択に影響を与える能力はなく、彼らの騒ぎを前にして、われわれにできる唯一のことは軍事的に自らを一段と強大にし、我々の発展が日本の蠢動を越えるようにすることだ。米日同盟が力の移動・配分によって中国の増大を抑えようとしても、中国は何も言う必要はない。われわれに必要なのはしっかりした行動である」(9月18日環球時報)等と報じられました。

また、中日関係への影響については、「中国は常に対日関係の改善を望んでいる。それは北京の安定した意思であり、わざと策を練り高い緊張をつくり出すような賭けではない」(9月9日環球時報)と論じられた報道を紹介しました。

第3回「日中関係シンポジウム」、安保法制以降の日中関係について議論

10月24日(土)、第3回日中関係シンポジウム「安保法制以降の日中関係」が開催されました。戦後70年にあたる今年、中国では「抗日戦争勝利70周年」の式典と軍事パレードが行われ、日本では「安保法制」が強行採決されました。私たち民間は更なる複雑化が予想される日中関係をどう認識するのか、そしてどのような日中関係を構築するのか。4人のパネリスト、80人以上の参加者を得て、経済、報道の分野を中心に広範な議論が展開されました。

まずは、工学院大学孔子学院の西園寺一晃学院長が基調発言を行い、その後、パネリスト4名による発言、討論がありました。

フリージャーナリストの陳言氏は、変貌する中国経済について発言し、日本のマスコミが中国経済の衰退等、マイナス面ばかりを報じていることについて、「確かに報道している事象は正しいが、別の一面もある」と指摘しました。

国際貿易投資研究所チーフエコノミストの江原規由氏は、習近平政権が進める「一帯一路」について解説し、「日本はこれを『中国の』政策とはとらえずに、新しいアイデアとして受けとめるべき」と述べました。

拓殖大学教授の杜進氏は、日本人の対中国観は世界でも突出してネガティブであると指摘し、「鍵は民間の理解と信頼の深化」と述べました。また、昨今の中米関係についても解説しました。

共同通信社論説副委員長の森保裕氏は、1970年代からの日中関係をめぐる動きを踏まえた上で、日中両国の4つの誤りとして、①中国の自信過剰と日本の過度な自信喪失②中国脅威論と日本脅威論③ナショナリズム④内政の問題点隠しを指摘しました。

このほか、会場からも有意義な質問、意見が多数出され、今後の日中関係を考えるにあたって、示唆に富む内容豊かなシンポジウムとなりました。

第30回勉強会開催、「戦後70年夏の日中台」

10月17日、第30回勉強会が開催され、拓殖大学教授で当会会員の岡田実さんから、「戦後70年夏の日中台」をテーマにお話しいただきました。

戦後70年の節目にあたる今夏、安倍談話、中国及び台湾での軍事パレード、安保法制と、日中台関係に大きなインパクトを与える出来事がありました。これらをめぐって、また、ご自身の今夏の中台訪問での見聞も併せて、日本と中国、日本と台湾、中国と台湾の3つの観点からお話しいただきました。

日本と中国については、八王子市と泰安市の友好交流関係の活動の一環として今夏行われた泰安市学生の八王子市でのホームステイの様子について紹介し、「学生の日本観に変化があったことは確か。ただ、今後はこうした交流活動に若手、特に日本側の若者の参加が望まれる」と指摘。また、安倍首相の戦後70年談話に対する中国の反応については、「中国のメディアは『直接のお詫びを避けた』と評し、また、外交部や有識者は今後の『実際の行動』を注視するとコメントしている」と述べ、「少なくとも中国からは積極的に支持される可能性はない」との見解を示しました。

一方、安倍談話に対する台湾の反応については、「台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を・・・・・・」との談話の下りに関し、台湾のメディアは「台湾を国の並びに置き、しかも韓国と中国の前に置いた」と報じたことを紹介しました。

最後に、中国と台湾の関係について、今年1月以降の台湾海峡をめぐる動向と来年1月に実施される台湾総統選挙の動向を紹介。台湾としては今度も「現状維持」を図るであろうとの見方を示しました。

日中未来の会、NPO法人設立へ

「日中未来の会」を特定非営利活動法人(NPO法人)にするための発起人会が9月19日、東京華僑会館で開催されました。発起人11人が集まり、定款(案)や人事案、予算案などを決め、東京都にNPO法人の申請をすることになりました。

2013年1月の設立以来、毎月1回の勉強会をはじめ、訪中活動や東京での日中関係シンポジウム開催と、精力的に活動を続けてきた日中未来の会ですが、このたび、会のさらなる維持発展を目指し、NPO法人の認証を受けることとしました。

NPO法人日中未来の会の目的は、中国との相互理解を深め、友好を促進するために、中国に関する情報収集を行うと共に、広く市民を交えた学習会、セミナーを開催し、日中相互の政治・経済・文化・芸術の理解を深め、併せて両国の人々との直接交流を促進し、日中関係の改善と発展に貢献することです。

NPO法人化は、当会の活動をよりいっそう着実なものとし、「未来」へとつなぐ第一歩です。ご興味のある方はぜひお問い合わせください。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

第29回勉強会開催、「AIIBと中国戦略」

9月19日、第29回勉強会が開催され、キヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之さんから、「AIIBと中国戦略」をテーマにお話しいただきました。瀬口さんは、日本銀行北京事務所長などを経て、現在はキヤノングローバル戦略研究所の研究主幹を務めていらっしゃいます。

本題に入る前に、昨今の中国経済に対する懸念の高まりを踏まえ、足元の中国経済情勢についてご説明いただきました。

習近平政権が目指す「新常態」(ニューノーマル)とは、二つのアブノーマルからの脱却(①速すぎた成長速度の適正化、②不健全な経済構造の筋肉質化)であり、2012年以降、実質成長率は安定した状態を保持しながら緩やかに減速していると指摘。不安要素はあるものの、足元の中国経済は安定を持続しており、当面失速する可能性は極めて低いとの見方を示されました。

また、中国は「新常態」の下、今後も内需拡大、賃金上昇が続くため、中長期的には輸入増大・輸出競争力低下傾向が続くとみられ、輸出競争力を伸ばすにはイノベーション力に優れる日本と組むことであり、日本としても、商売に優れる中国と組むことはメリットが大きく、ウインウインの関係が構築できると述べました。

アジアインフラ投資銀行(AIIB)については、中国は当初、「中国の、中国による、中国のための」AIIBを目指していたところ、予想を上回って多くの国が参加を表明したため、本格的な国際開発銀行を設立する重要性に目覚めたと説明。現在はグローバルスタンダードを満たす国際開発銀行にしようとしており、日本の参加を強く希望するようになったということです。既存の国際開発銀行の運営において豊富な経験を有する日本は、組織運営のガバナンス、透明性の確保等の面で大きく貢献できると述べました。

瀬口さんは最後に、「中国の発展は日本発展、日本の発展は中国の発展」と述べて講演を締めくくりました。

※瀬口清之さんの著書『日本人が中国を嫌いになれないこれだけの理由』(2014年12月)が日経BP社から発売されています。ぜひお手にとってご覧ください。

第28回勉強会開催、「最近の北京事情」

7月18日、第28回勉強会が開催され、元北海道新聞北京支局長の島影均さんから、「最近の北京事情」をテーマにお話しいただきました。島影さんは、中国の日本語総合雑誌『人民中国』に5年間勤務し、このほど帰国しました。

まずは、2010年から2015年の5年間の日中関係の概要を振り返りました。

2010年9月に尖閣諸島中国漁船衝突事件が発生し、「島」をめぐる両国の関係悪化の暗雲が立ち込め始めます。2012年には国交正常化40周年を迎えますが、9月の尖閣国有化により、日中関係はこれまでにないほど険悪化しました。2013年11月には中国が東シナ海における航空識別圏を設定するなど、両国の関係は悪化の一途をたどっていましたが、2014年11月の北京APECで約3年ぶりに首脳会談が行われ、改善の糸口が見えてきました。

こうした日中関係のなか、両国のメディアにおいても、それぞれの国民感情の悪化をあおるような報道が目立ちました。

中国のタクシーで、日本人だとわかると乗車拒否や嫌がらせを受けるという報道が日本でされていたとき、島影さんはタクシーの運転手に「何人だ?」と聞かれ、「君たちの嫌いな日本人だ」と答えると、「あれは政府同士の争いで、自分は日本が好きだ」と言われたエピソードなどを紹介し、「実際に中国に来て自分の目で見ることが大切だ」と語りました。

質疑応答の時間には、大気汚染の状況や腐敗撲滅運動に対する国民の反応、安保法制を中国はどう見ているかなど、活発な質問が飛び交いました。

『人民中国』のコラム「日だまり」は、島影さんが北京での生活のなかで見聞きしたこと、感じたことを綴ったエッセイです。ご興味のある方はぜひお手にとってご覧ください。

第27回勉強会開催、「聶耳と藤沢市」

6月21日、第27回勉強会が開催され、当会会員の小松碧さんから、「聶耳と藤沢市」をテーマにお話しいただきました。中国の国歌「義勇軍進行曲」の作曲者である聶耳は、23歳の若さで藤沢市の鵠沼海岸で亡くなりました。その死をいたんだ多くの市民により記念碑が建てられ、藤沢市と聶耳の生まれ故郷・雲南省昆明市とは長きにわたり友好を深めてきました。

小松さんは、聶耳の私的な写真やエピソードをふんだんに交えながら、一人の人間としての聶耳を紹介してくださいました。共産主義活動に目覚めた聶耳は、若くして音楽の才能を発揮し、左翼系映画・演劇の楽曲を数多く作曲します。1935年に国民党の追及を逃れて日本へ渡り、「義勇軍進行曲」を完成させました。そしてその年、湘南の海で遊泳中に帰らぬ人となったのです。

聶耳の記念碑は藤沢市民有志の呼びかけで1954年に建造され、その後台風で流されたものの、1965年に再建されました。1981年には、藤沢市と昆明市が聶耳生没地の縁で友好都市提携を締結しました。今でも、聶耳を通じた両市の交流は続いているそうです。

小松さんは最後に次のように語りました。

「聶耳の遺した曲は今も人々の心に生きています。『義勇軍進行曲』は抗日映画『風雲児女』の挿入歌ですが、公開されたときには聶耳はすでに日本にいて、その日本で亡くなりました。その死が、次の世代の友好の礎になろうとは誰が想像したでしょうか」

第26回勉強会開催、「中国軍事力の実態」

5月16日、第26回勉強会が開催され、拓殖大学名誉教授の茅原郁夫さんから、「中国軍事力の実態――その特性と影響」をテーマにお話しいただきました。中国の軍事・安全保障については不透明な部分が多く、情報が大変限られているなかで、茅原さんは中国軍事研究の第一人者として様々な各メディアで積極的に発言されています。

中国の国際情勢認識と軍事戦略については、2013年版の「国防白書」から、①国際的には覇権主義、強権政治、新たな干渉主義が台頭(米国を指す)、②伝統的脅威、非伝統的脅威が相互に作用して軍事分野での競争は激化、③アジア太平洋地域が経済発展と大国の戦略ゲームの主要舞台、④機械化戦争から情報化戦争に移行等のポイントを読み解き、基本となる国防戦略は「情報戦条件下の積極防御戦略」であるとの説明がありました。

また、中国の国防費の継続的増加、軍事力の強化は諸外国が懸念してやまないところですが、これについて、「近代史の民族体験から、『力がなければやられる』という特異の安全保障観がある」と指摘しました。

中国の軍事力の実態としては、戦力の国外展開能力には限界があると指摘。国防近代化政策を推進しており、米国を念頭に置いた、米国と戦える質的戦力の確保を目指しているところだが、国家資源の重点を経済建設におくか、国防力強化におくかといったジレンマも抱えていると述べました。

最後に、日本の安全保障上の対応としては、東シナ海における危機管理体制の構築が必要であるとの見解を示しました。

第24回勉強会開催、「靖国参拝問題」

3月21日、第24回勉強会が開催され、東京大学名誉教授の石井 明さんから、「靖国参拝問題」をテーマにお話しいただきました。戦後70年の節目の年にあたる今年、いまいちど靖国問題について考えたいと、30人余りが参加しました。

石井さんはまず、「靖国神社の今」について紹介し、「現在、靖国問題は外交の問題として論じられる傾向にあるが、もともとは国内問題で、当初の論点は国の靖国神社での戦没者追悼への関わり方についてであった」と述べました。

続いて、靖国神社の歴史を振り返りました。靖国神社(前身の東京招魂社)の成り立ち、変容、そして前後の靖国神社の模索、動きについて簡単に振り返った後、首相の参拝問題について検討されました。

2013年12月末の安倍首相の参拝は近隣諸国の強い反発を招き、日本の主要新聞も一斉に社説に掲げました。各社の社説の主張は分かれていますが、これに対し、「確かに『他国からとやかく言われる』のは望ましくないが、そのために必要なのは、他国にとやかく言われない状況を作り出すことだ。その作業はアジア・太平洋戦争(1931-45年)が侵略戦争であったことを認め、それを政府の明確なメッセージとして近隣諸国に発することから始まる」との見解を示されたうえで、2015年2月25日付け『読売新聞』の世論を取り上げ、「しかし、歴史認識、靖国問題に関し、社説だけでなく、国論が分かれているのも事実である」と指摘されました。

また、出席者から、「靖国神社の生命線は①戦死者を独占すること②戦死者を顕彰することにある」との指摘がありました。

※石井さんの上記見解・検討の具体的な内容は6月18日出版予定の『歴史問題ハンドブック』(東郷和彦・波多野澄雄編、岩波書店)に収録されます。興味のある方はぜひお手にとってご覧ください。