【現状概括】
中日関係の現状は明るい兆しがあったとしても、脆弱かつ不安定で憂慮に堪えない。
山登りにたとえると胸突き八丁で、前に進むしかない。
中日関係は原点に立ち返ることも必要。井戸掘りの一人として岡崎嘉平太氏がいる。
(1)岡崎嘉平太と戦後日中関係
- 1958年5月:長崎国旗事件発生→一時中断。細いパイプとなって継続
- 1962年9月:松村謙三第二次訪中→周総理に高碕達之助、岡崎嘉平太2名を推薦
- 1962年12月:岡崎副団長として、42人の経営者と共に訪中。周総理と会談(劉徳有氏が通訳)
岡崎:学生時代から、日中が協力してアジアの貧困を改善する必要を考えていた。(ここで岡崎氏は中国の故事「刎頸の交わり」を引用。戦国時代、趙国の藺相如宰相は廉頗将軍と不仲であったが、国を想って仲直りしたため、秦国は趙国を攻めるのを止めたとの故事)
周総理:甲午戦争以来、中日間は不幸な状況にある。殊に9.18事件(柳条湖事件)。この不幸な70年間は、お互いの長い平和の歴史に比して短いが、友好善隣外交について岡崎氏はどう考えるか?
- 1962年11月:LT貿易調印→相互長期貿易
- 1959年 :改善の動き。石橋湛山、松村謙三相次いで訪中
- 1952年5月:第一次民間貿易協定開始
- 1964年4月:廖承志、高碕達之助事務所を東京、北京にそれぞれ開設
- 新聞記者交換(→劉徳有氏、同年9月からの12年間、東京駐在)
- 1972年9月:日中国交回復
(2)岡崎嘉平太の貢献(劉徳有氏の評価)
- 日中友好・国交回復の真の推進者――口先だけでなく、実行を伴う
- ⇒1972年10月23日、国交回復パーティの招待者リストに岡崎氏の名がないことを周総理が見つけ、岡崎氏招待を指示
- 真の平和主義者
- 真に日本を愛する硬骨漢
(3)日中関係の歴史認識
歴史認識は以下3点を全体として見る必要あり
- 過去2000年間の友好と交流
- 日本軍国主義の侵略→中国人民を深く広く傷つける
- 戦後70年間、両国人民は平和回復に奮闘努力
1960年、陳毅副総理が野間宏団長以下の文学者代表団を迎えた時のエピソード
陳毅:日本人民の反安保闘争の盛り上がりで日本を見直した。過去の我々の泣き言は過ぎたことだ。
野間:過去を水に流すことは出来ない。
陳毅:対!(そのとおり!)中国が過去を水に流すと言い、日本が過去を忘れないと言うのは真の和平をもたらすものだ。
(4)日中関係の現状
- 国民感情が悪化の傾向:日中間は近いため相手国に対してある種の関心と期待があるが、感情悪化した場合にはこれを打破するのは困難
- 領土、海底資源問題:話合いにより解決すべき
- 歴史認識:両国共に不可欠。民族主義昂揚時には尚更
- 中国の発展:日本の感情は微妙。矛盾・危機が現れ、不安定要因となる危険あり
- 中国の覇権:絶対ない
- 日本の動向:集団安保、憲法改正等日本の動向を懸念している
- 国民感情の形成:中日関係に強い影響を与える
グローバル経済において中日協力は必要。中日関係改善が必須である。
(5)日中関係改善策
- 政治的相互信頼の確保:原点立ち返りが必要。四つの原則を重視。平和・友好が大原則
- 民間相互信頼確立への努力:相互信頼と協力が欠如
- 文化交流:効果的処方と思うが、万能でもない。国際政治学者の入江昭先生曰く「文化的側面を蔑ろにしたら日中関係に発展はない」
- 青少年交流:有効な方式。後継者・新たな力の育成等に最も戦略的な手段
- key-word:平和・友好・合作発展。大切なことは、大局重視と平和友好の堅持
- マスコミの責任:90年代以降マイナス面ばかりを掲載
(文責・長谷川正義)