陶文釗・元米国研究所副所長の講演

「日中未来の会」第二回訪中団は11月5日午前、北京市内で、中国社会科学院の陶文釗・元米国研究所副所長から昨今の中米関係についての講演を聞いた。陶氏からレクチャーを受けるのは昨年に続き2回目であり、APEC直前ということもあって示唆に富む話を聞くことができた。ここに、陶氏の講演の概要を紹介する。

オバマ政権以降の中米関係

2009年の中米関係は非常に良好であったといえる。世界金融危機が勃発し、また、米国はイラク戦争とアフガン戦争という二つの戦争を抱えていたため、オバマ政権は中国の力を借りて難局を打破したいという考えがあった。経済面では、中国は日本と並んで米国債の最大の保有国の一つである。国際問題の面でも、たとえば朝鮮問題や気候変動等においても、米国は中国の協力を必要としていた。

しかし、2010年から2012年にかけて、米国の対中政策は大きな調整の時期を迎えた。ソ連崩壊後、世界は米国独り勝ちの状況となり、米国はこれに安心感を抱いていたが、2010年から2012年にかけて、この状況に唯一挑むことができる国が現れたことを認識した。その国は中国である。米国の世界のリーダーとしての地位に挑むことができる国は、中国しかないのである。

この2、3年の間に、いくつかの出来事が起こった。

第一に、2010年、中国のGDPが日本を抜き、世界第2位となった。しかもIMF等の国際機関は、遅かれ早かれ中国のGDPは米国を抜くと予想している。楽観的な予測ではあるが、習近平・李克強時代に米国を抜くと言われている。遅くとも2030年には抜くのではないかと思われる。このような事実は米国人に大きな心理的影響を与えている。

第二に、中国の軍事力の強化である。90年代、中国は基本的に軍事費を増やさなかった。これは鄧小平氏が、すべての力は経済発展に注ぐべきで、軍隊はしばらく我慢しなければならないと唱えたからである、しかし、99年5月8日、ユーゴスラビアの中国大使館が米国機の爆撃を受けたことがきっかけとなり、国防の発展と経済の発展を同時に進めていくという方針に転換したのである。よって、確かに今世紀、中国の軍事費は急速に拡大している。しかしこれは補強的なものであり、90年代はほとんど増加しなかったという背景があってのことである。それでも、毎年2桁のスピードで軍事費を増強していることに、米国は脅威を抱いているのだろう。

そうはいっても、米国と比べると、中国の軍事力は遠く及ばないことは明らかである。しかし米国は、中国のたとえばミサイルや潜水艦といった一部の武器に懸念を示している。また、中国の戦略的意図が不透明であることにも懸念を示している。米国の多くの研究者が次のように言う。「中国は、現在は平和的発展であるが、これは現政権が現在の状況に合わせてとっている施策であり、20年後、30年後はどうなるのか。今はまだ中国には十分な力はないが、20年後、30年後、本当に力をつけた後、平和的発展を堅持すると保証することができるのか」と。

こうした状況から、米国は、今後数十年の間に米国に挑むことができる唯一の国として、中国を認識しているのである。

米国が中国を、米国の世界のリーダーとしての地位に挑み得る国とみなしている理由の一つは、中国の経済発展モデルである。改革・開放後、中国は持続的な高度経済成長を実現している。「中国モデル」は、世界、とりわけ発展途上国に対し、民主主義や自由市場経済をベースとした欧米方式以外の方法でも同じように成功できることを示した。

もう一つの理由は、2012年、中国の指導者層が交代したことである。新政権は外交面においてこれまでとは異なる方針、方法を示している。これまでの政権は周辺国との関係において、善隣友好、平和安定を強調してきた。しかし現政権は安定維持と同時に、自国の権益擁護も強調している。そこで米国は、中国は外交においてますます強気になっていると感じているのだろう。中国が外交上も米国のライバルになっていると感じている。

米国のリバランス戦略

オバマ大統領は2011年、米国の戦略の中心をアジア・太平洋地域に移すと宣言した。軍事面では、米国はこの地域において、特に同盟国との関係を再強化することを目指しており、なかでも日本との関係に重きを置いている。米国は膨大な債務をかかえ、軍事費をあまり多く支出できない財政状況にあるため、同盟国により多くの役割を果たさせてバランスを保つ政策に転じているのである。

経済面ではTPPである。現在、アジア・太平洋地域には二つの大きな経済協力枠組みが存在する。一つは米国が主導するTPP、もう一つはASEAN+6である。我々中国は、このような競合する二つの枠組みが存在することは望ましくないと考える。アジア太平洋FTAを構築すればよいのではないかと。しかし米国はこれに賛同しない。米国には、TPPと米EU間のTTIPをWTOの中に組み入れ、さらにグレードアップさせようとの思惑があるのだ。

また、米国は中国の周辺国と価値観外交を行っている。その突出した例がミャンマーだ。米国の高官は頻繁にミャンマーを訪問して、ミャンマーの民主化を推し進めようとしている。重要視しているもう一つの国はインドネシアである。人口が多く、ムスリムも多いうえ、西洋的価値観への過渡期にあり、また、ASEANのリーダー的存在であるからである。

海洋覇権をめぐる対立

中国と米国は多方面において競争し、対峙しているが、一番大きいのは西太平洋地域の覇権である。米国には、世界の覇権国たる地位を築き上げた三つの武器がある。米ドル、第二次大戦以降整備してきた国際メカニズム、そして海洋覇権である。米国は、米国が海洋大国であり、中国は陸上強国であるという考えが根強い。米国は、19世紀に海洋権益を打ち出して以来、とりわけ第二次大戦以降、イギリスやポルトガルといった従来の海洋覇権国とは比べものにならないほど強固な海上の覇権を堅持している。一方、中国は、明代に鄭和が南海遠征を行って以来、500年近く海上での発展を図って来なかった。

米国はアジア大陸における自国の影響力が弱まってきていることを認識している。しかし西太平洋においては覇権を握っている。このため、「アジア大陸における覇権は中国が握り、西太平洋における海洋覇権は米国が維持し、このように両国の領分を明確に分ければ争いが生じることはないのではないか」と冗談交じりに話す米国の学者もいる。

もちろん、中国はこの考えには賛同しかねる。中国は第18回党大会で海洋強国を目指すとの方針を打ち出した。海洋軍事力において、米国とは雲泥の差であることは十分認識している。特に遠洋戦力においては、中国は米国と違って、一つの同盟国もなければ、海外拠点もない。そのためコストが非常にかかる。それでもアジア大陸だけに閉じ込められるわけにはいかない。

私個人としては、中国の海洋強国が目指すところは次の三つである理解している。第一に主権と領土を守ること、第二に海洋経済を発展させること、第三に国際的な海洋問題の解決にできる限り力を発揮すること。

米国のリバランス戦略というのは、突き詰めると西太平洋地域における権益を擁護・維持することだと考えるが、この西太平洋地域というのは、インド洋や南太平洋をも含む大変広い概念である。

現在、この西太平洋地域の北部に、米国が首を突っ込む「とっかかり」となる問題が存在する。中日間の島をめぐる争いである。この問題について、これまで米国は意図的にあいまいな戦略をとっていた。つまり、島の主権をめぐる論争には米国は関与しないという立場をとりながらも、この島には日米安全保障条約第5条が適用されるとの考えも示していた。しかし最近、後者の考えのほうを強調しているように見受けられる。

西太平洋地域における米国にとってのもう一つの「とっかかり」は、南海における問題である。これまで米国は南海における領有権争いについて立場を表明することはなかったが、2010年、ASEAN地域フォーラムで意見を発表し、主に次の3点を提示した。①南海における航海の自由は米国の権益の一部であること、②南海における紛争は多国間協議を通じて解決すること、③南海における紛争は国連海洋法条約と国際法を用いて解決すること。これら3点はいずれも正しいように見えて正しくなく、中国の見解とは異なる。

さらに、南太平洋においては、米国はオーストラリアとの軍事協力を拡大している。インド洋においては、インドの役割を非常に重要視し、インドとの関係を強化している。

中国と米国が西太平洋地域において繰り広げる競争は、今後十数年における両国間のもっとも大きな争いであろうかと思うが、これが原因で実際に衝突し、ひいては戦争に発展することはないと考える。なぜなら、第一に、中国も米国も戦争は望んでいないからである。つまり、西太平洋地域における中国と米国の競争は「ある一定程度の」競争、「抑止力」であって、戦争を回避するための手段といえる。第二に、中米間には共通の非伝統的安全保障が存在するからである。人道主義の救援活動、海賊対策、災害防止など、協力して取り組まなければならない共通の課題がある。第三に、中米の政治関係には波があるが、軍同士の関係は良好であり、いまだかつてない交流があるからである。

新型大国関係

米国のリバランス戦略に対抗して、中国は新型大国関係を打ち出している。しかしながら、新型大国関係についての中米の認識には温度差がある。習近平主席が提示した「非対立・非衝突」については一致したものの、「相互尊重」については米国は留保した。米国の国民にとって、中国のイデオロギーを尊重することは違和感があるからである。また、互いの核心的利益を尊重することも、例えば台湾問題等においては難しい。3点目の「協力・ウィンウィン」についても、経済面においては確かに協力できる部分もあるが、利益の不一致も存在すると米国は考えている。

中米関係の展望

今後の中米関係について、私は希望、自信を持っている。その理由は四つある。

第一に、中国の発展に自信を持っていること。

第二に、中国の台頭は世界の流れにマッチしていること。現在、世界の権力と富は西から東へ、欧米からアジアへ、先進国から途上国へと移行する流れがある。そのなかに中国の台頭がある。私は、米国は最後の超大国ではないかと考える。中国の台頭・発展は、これまでの超大国の出現の仕方と異なる。それは、既存の超大国に取って代わろうとするものではないということだ。中国が超大国を目指そうとしても米国のみならず世界の国々は承知しないだろう。米国の力が弱まり、中国が強くなれば、世界は新しい秩序を迎える。もちろんこれには長い時間が必要である。

第三に、中米間の経済上の相互依存の度合いがますます増していること。

第四に、中米両国の協力が欠かせない国際問題が多発していること。気候変動やテロ対策等において、両国の協力がますます必要となっている。