陶文釗氏の講演概要

中米関係について皆様と意見交換させていただいて6年目になります。昨年以来の中米間貿易衝突はご承知の通りですが、今年は中米国交正常化40周年の節目の年であり、私は30周年当時に思いを馳せずにはいられません。

10年前というと、世界金融危機が勃発し、中米両国は協調しあって、G20など国際的枠組みを活用しながらともに危機に立ち向かいました。そのため中米関係の見通しは非常に明るく、中米国交正常化30周年記念関連行事にはカーター元大統領が歴代の米国駐中国大使等元高官を率いて出席しました。その際、キッシンジャー氏は挨拶の中で「30数年前に中米関係に風穴を開ける時、両国関係がここまで発展を遂げようとは想像もしなかった。同じように、次の30年後の米中関係がどこまで発展するは誰にも想像できない」と述懐し、両国間の相互依存度がさらに深まり、共存共栄するであろうと将来を展望しました。10年後に中米関係がこのように急転直下し、難局に陥ろうとは誰も想像しなかった。今年、トランプ政権の3つの文書「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「核態勢の見直し」はいずれも中国を主たる競争国、ロシアと中国を最も重大な脅威に位置づけています。

ご存知の通り、昨年下半期以来、中米両国は貿易戦争に突入し、今年は波あり谷ありの貿易戦争に明け暮れた1年でした。その中で注目に値する転換点が、大阪で開かれたG20サミットでトランプ大統領と習近平主席の間で成立した合意です。それまでトランプは、ツイッターを通して、中米間のあらゆる貿易問題を解決できる「全分野を網羅」した偉大な合意を目指すと放言。一方、中国側は、例えば中国が先んじてアメリカの農産物を購入するといった合意可能なものから一つずつ協定に盛り込んで「第1段階の貿易協定」を結び、その上で「第2段階、第3段階の合意を目指すべき」と主張しました。大阪で中米首脳は、この段階的に交渉を進めていく手順について合意し、第1段階の協定がまとまった後、引き続き次の段階の交渉を進めることにしました。

「第1段階」協定を近く締結

16カ月近くの交渉の末に、中米両国は2019年10月11日、第13ラウンドの閣僚級通商交渉において、「第1段階」の貿易協定を結ぶことで合意しました。農業、知的財産権の保護、為替相場、金融サービス、貿易協力の拡大、技術移転、紛争解決等の分野の交渉で実質的な進展が見られました。近く締結見込みの「第1段階」協定には、主に以下の内容が含まれることが予想されます。

1.関税分野

(1)アメリカは10月15日以降、2500億ドル相当の中国製品に対して発動予定であった25%の追加関税を「30%に引き上げる」と宣言したことを「なかったことにする」でしょう。これに対して中国側は「25%の追加関税の撤廃は必須」と対抗してきました。私の推測では、妥結案として、25%の追加関税率をそのまま留保するとみられます。30%引き上げは消える公算が大きい。

(2)残り約3000億ドル相当の製品に対して発動予定の追加関税は次の通りになると思われます。原案では、アメリカは9月1日以降、1250億ドル相当の中国製品に15%の追加関税を発動し、さらに1600億ドル相当に対して、12月15日より15%の追加関税を発動するとしていました。しかし、これらの製品のほとんどが日用品で、市民のクリスマス用物資であるため、トランプとしては追加関税の発動時期をずらす必要が出てきました。

現在の見直し案は、10月 31日から、3000億ドル相当の中国製品を対象に「追加関税発動リストから排除する手続き」に入るとしています。その際に、9月1日から追加関税を徴収された製品については、遡及して関税の還付を行うことにしています。留意すべきは、3000億ドル相当の中国製品への追加関税を一括排除するものではなく、対象商品を項目別にチェックしていき、排除リストにある品目であれば、一つずつ追加関税発動リストから外していくというものです。つまり、これら3000億ドル相当の製品のうち、一部製品は追加関税の対象品目として徴税される可能性があります。

以上は、アメリカ側のさまざまなルートで流れている情報を整理してまとめたもので、中には中米貿易交渉の実務者レベルの情報も含まれております。これに対して中国側は、交渉内容について終始口をつぐんでおります。これら情報はこれまで二転三転し、その信憑性を疑問視する向きもあり、蓋を開けてみないとわからないでしょう。

2.農業分野

ご承知の通り、アメリカは世界最大の農産物輸出国で、中国は主要な輸入国です。昨年中米貿易戦が勃発すると、中国は対抗措置としてアメリカからの大豆、トウモロコシ、豚肉など農産物輸入をストップしました。そのためアメリカの農家の焦りは強く、トランプは昨年と今年に前後して160億ドルと120億ドルの補助金を交付しているものの、中米貿易戦争が長続きすることによって、ブラジルやアルゼンチンに中国の市場を奪われるのではないかという農家の不安は払拭できません。

例えば、アメリカ中部のアイオワ州などは、大豆やトウモロコシ、豚肉が基幹産業であり、こういった地域はトランプの支持基盤であるわけですが、来年の大豆の播種時期が目前に迫っているのに、倉庫はいまだに売れない在庫商品で満杯状態です。おまけに、大豆の種は水分を多く含んで腐りやすいため、農家はいま悲鳴を上げています。

そのため、「第1段階」協定の第2項目に、中国がアメリカから400~500億ドル相当の農産物、とりわけ豚肉と大豆を購入することが盛り込まれる見込みです。これまで中国のアメリカ農産物輸入総額は240億ドルだったことからすると、大幅な増加です。しかしながら、実は中国にとってこれら農産物は必要なものです。とりわけ豚肉は、中国人にとって欠かせない食材です。

私はよくアメリカの友人に冗談半分で「豚肉は中国にとって戦略物資です」と紹介しています。豚肉の供給不足が起きると庶民に大きなしわ寄せがいくので、李克強総理が国務院対策会議を招集するほどです。アメリカ豚肉の輸入停止に加え、アフリカ豚コレラのため豚を殺処分したことから、最近の豚肉価格は500g当たり15~20元から30~35元に高騰する事態になっています。ですので、アメリカ農産物の輸入は中国のニーズにも合っています。このように、中米間には補完関係にある農産物品目もあります。

3.金融サービス業・通貨分野

かねてより国際社会では、人民元の切上げを望む声がありました。しかし中国は、アジア金融危機、メキシコ金融危機などから教訓を汲み取り、人民元の国際化には頑なに慎重な姿勢を通し、銀行、証券、保険業、ファンド等金融関連機関は、国の厳しいコントロール下に置かれてきました。

ところが、今般の中米交渉により、金融業の対外開放が進められ、外資の持ち分の上限(50%)が取り除かれ、外資単独投資により証券会社や保険会社の設立が可能になる見込みです。これは、中国が2000年のWTO加入時には国際社会への承諾を見送った分野ですが、来年以降、日本を含め、外国投資家に金融サービス業の門戸が開かれることになります。「銀行を含む金融サービス機関の対外開放を進め、外貨市場の透明度や自由度を高める」ことが協定に盛り込まれるでしょう。

4.知的財産権の保護

知財権分野は、90年代において中米間トラブルの種となり、貿易戦争勃発寸前までエスカレートしましたが、中国が対策強化に取り組み、両国が譲り合って踏みとどまったりしたことがあります。中国は広大な国土ゆえ、コピー製品、海賊版横行などを徹底的に取り締まるのが容易ではない実情があります。海外商品や技術はもとより、例えば「茅台酒」「五糧液」「二鍋頭」など国内ブランドの模倣品などの知財権侵害も日常茶飯事のように発生しています。

21世紀に入ってアメリカとの間で際立っている課題はサイバー空間での著作権侵害や情報の不正取得です。 2015年の習近平主席訪米に際して、中国側は閣僚級の事前訪問団を派遣し、米国家安全保障会議、国務院、国土安全保障省などと事前協議を行いました。そしてオバマ前大統領との共同記者会見において、習近平主席は、サイバー空間で他国の商業秘密を窃取するような行為を中国はしないし、ほかの国が中国の領土内でそのような行為をすることについて支持しないし、断固取り締まると表明しました。中国政府はサイバー犯罪を厳しく取り締まり、独立した知財権法廷を北京や私の故郷である杭州などに複数設立して、アメリカをはじめ外国の知的財産権の保護に力をいれて取り組んでいます。「第1段階」協定にも対策強化が盛り込まれるでしょう。

5.為替操作国リストから中国除外

米財務省は、半年ごとに国会にレポートを提出し、アメリカの主な貿易パートナー国のうち、不当な為替操作を通してアメリカ向けにダンピングを行う国はないかを監視しています。為替操作国に認定されれば、アメリカ国内貿易法の制裁対象になります。1994年、クリントン政府が中国を為替操作国に認定したことがあり、アメリカ国内貿易法の317法案により中国は制裁対象国になりました。しかしそれ以降は、中国が為替操作国に認定されることは一度もなかったのですが、今年の下半期、中国は為替操作国に認定されました。中国はこれに抗議しており、合意予定の「第1段階」協定では、中国を為替操作国リストから除外するものとみられます。

以上5つの分野で合意に達すると、中米両国はさっそく次のステップの協議に入るでしょう。

「第1段階」協定の締結後、次の段階の交渉はさらに困難を増すことが予想されます。第1段階の協定締結に18カ月以上を要していますが、残された分野は構造改革、制度改革といった根幹に触れるものなので、合意に至る道のりは長いでしょう。例えば中国が進めている「中国製造2025」プランは、2025年までに人工知能、宇宙開発技術、5Gなどのハイテク分野で世界において一定の地位を占めるべく、国が力を入れて技術の底上げを図るものですが、アメリカはこれに対してケチをつけています。中国政府が優遇策をとったり財政支援をするのはWTO規定の違反に当たると。というのも、今後、中米が鎬を削る競争分野はハイテクだからです。アメリカは、中国のHUAWEIやZTEといった企業を締め付け、米政府関連機関における両企業の製品や技術の使用を禁止し、部品の輸出も厳しく制限するという異例の措置をとっています。

中米間の競争は長期化

1.中米貿易戦争は、根本的には、急浮上する新興国と、既存の霸権国の間で繰り広げられる競争と衝突です。アメリカはこれまで追いかけてくる第2位の国家を押さえつけてきた歴史があります。皆様は誰よりもよくご存じでしょう。レーガン、ブッシュ、クリントンの時代に、アメリカは日本牽制に乗り出しました。80年代のプラザ合意により日本を締め付け、円高を誘導したのが好例です。アメリカは中国に対し、構造改革、制度改革を迫るでしょうが、中国がアメリカの要求を額面通り受け入れることは難しいでしょう。発展を追い求めるのは中国の権利だからです。

2.2019年2月7日、米ホワイトハウスは未来産業発展計画を発表。その中で、人工知能、先進製造、量子情報科学、5G技術といった4つの要となる技術の発展に総力を注ぐことにより、アメリカ経済の繁栄と安全保障を確保するとうたっています。この脈略において、HUAWEIやZTEに対するアメリカの締付けはご存知の通りです。

台湾問題

アメリカには、各議員がアメリカの取り組み課題を国会で発議できる「授権法」なるものがあります。2018年と2019年の「国防権限法」にはいずれも米台交流の強化、台湾への国防援助が盛り込まれています。とりわけ2018年に「台湾旅行法」が採択されたことで、大統領から国民に至るまで誰もが自由に米台間を旅行できることになり、相互訪問に対する制限は取り除かれました。この1年間トランプが実際にこれを用いていないとは言え、その気になればいつでも適応可能な法が誕生したのは深刻と言わざるをえません。

もう一つは「台北法」です。2016年の蔡英文政権誕生以来、もともと台湾と国交があった22の国と地域のうち、パナマ、ドミニカ、ソロモン諸島等7国が台湾との国交を絶ち、中華人民共和国と外交関係を樹立。台湾の「国交樹立国」はわずか15に減りました。これに対し援護射撃するかのように、アメリカ上院は10月30日、いわゆる「台北法」を採択しました。同法のねらいは、台湾と国交樹立国との外交関係や非国交樹立国とのパートナー関係を強化するよう、アメリカ政府から外国政府に積極的に働きかけるようにするものです。台湾と往来を絶つ外国に対し、アメリカが不利益を与えたりすることになります。

「台北法」には、台湾への武器販売の常態化も盛り込まれています。これまで台湾は武器購入リストをアメリカに提出する必要があり、米国防委員会などが逐一にチェックして選択して販売することにしていた手順がなくされています。アメリカは台湾への武器販売をパッケージとして数年ごとに見直してきましたが、これからは普通の国家と同じ扱いになるわけです。

今年に入って、アメリカは台湾にF-16V戦闘機を66機、88億ドル分を販売しました。これまでアメリカは日本や韓国には最先端のF-35戦闘機を売りながら、台湾には老朽バージョンしか売らなかった。ジョージ・W・ブッシュ大統領の時代に、支持基盤であるテキサスにF-16Bの生産ラインがあり強い申し入れがあったため、むりやり台湾にF-16Bを160機、58億ドル分を売りつけた。そのうち140機はまだ使用中ですが、戦闘機がパイロットより歳を取っている現状で、先進型戦闘機の購入は台湾の悲願でして、馬英九氏はオバマ大統領に20回以上お願いしたが、オバマは中国に遠慮して応じず、F-16Bのグレードアップを承諾しただけでした。戦闘機の膨大な数の部品を更新するには10年以上の長い年月を要し、いまだ更新中だった。それだけに今回のF-16V機66機の販売の意味合いは、言わずもがなです。

「香港人権・民主主義法」

皆様がご注目の香港関連についてお話ししましょう。顛末は、陳同佳という若者が2008年2月、台湾に渡ってガールフレンドを殺害した事件に遡ります。香港の「逃亡犯条例」やその他法律の規定では、陳同佳の台湾での犯罪容疑について香港の裁判所は管轄権を有しません。そこで2019年5月、香港政府は「逃亡犯条例」の改正を進めようとしました。香港社会では意見が分かれ、反対派は法改正の阻止を図ってデモを組織するなどし、果てに暴力にエスカレートするに至ります。アメリカや台湾は終始、反対派支持を表明し、暗に資金援助まで行っているとされます。

10月 15日、「香港人権・民主主義法」が米議会下院を通過しました。今後は、每年1回、米国議会へのレポート提出が義務づけられ、香港の自治状況を見極めてから同法のベースとなっている1992年の「米国・香港政策法」制定当初と同じ独立関税地域として香港の地位を承認するか否かを決定することになります。民主化レベルはその評価指標の一つです。

米政府高官、例えばペンス副大統領などが香港デモのリーダーに会い、支持を表明していますが、香港の問題は非常に複雑です。市場経済が進んでいるにもかかわらず、貧富の格差は異様と言えます。富裕層の別荘地と、多くの庶民の貧民窟もどきの劣悪な住環境。若者の不満の捌け口になっています。これまでの脱植民地教育が弱いのも問題だと思います。いずれにせよ、香港は中米貿易の重要な中継地であり、今般の事態による香港へのダメージを回避すべく心がけるべきです。外部勢力の介入は望ましくないし、香港の利益を損ねかねません。

中米関係の展望

慎重ながらも楽観視しています。

1.米中両国は共通の利益を有し、グローバル化の中でその利益は深く絡み合っていて、もはや切っても切れない関係になっています。中米貿易戦争の背景下においても、今年の第1~第3四半期の貿易額は10%減にとどまり、約4000億ドルに達しています。総額は依然として5000億ドルを維持しています。相互協力すればウィンウィンだが争えば共倒れになることを、過去18か月の貿易戦は裏付けています。

2.アメリカ国内からも一部ながら反対の声が上がりつつあります。今年6月、スーザン・ソーントン前国務次官補代行、ステープルトン・ロイ元駐中国大使、著名な東アジア問題の専門家エズラ・ヴォーゲル等5人を筆頭に、100人近くの識者が連名でトランプ宛公開書簡(現時点で署名者は約200人)を発表し、中国の挑戦に効果的に対応する必要は認めるものの、トランプ政権による措置は逆効果でしかないと批判。中国はアメリカにとって経済的に敵国ではないし、アメリカの安保上の脅威でもなく、米中两国は競争と連携協力の間でうまく均衡を保つことが求められるとし、中国がアメリカに取って代わるグローバルリーダーにのし上がるのではという懸念は無用であり、アメリカは友好国や盟友とともに一層開かれ、かつ繁栄ある世界を目指すべきだと呼びかけています。中国を敵に回すことは、ワシントンにおける一枚岩のコンセンサスでは決してないことが伺われます。

3.中米関係は民間に根をはっており、アメリカの各地域は依然として中国との連携とりわけ経済交流の一層の拡大を強く望んでいます。中米間の姉妹都市交流などは、相変わらず活発に進められています。ドキュメンタリー映画『アメリカン・ファクトリー』の成功も素晴らしい例です。アメリカは連邦制国家であり、地方は必ずしも国と軌を一つにする必要がなく、独自で動くことが多々あります。たとえば、カリフォルニア州による国際気候変動会議の主催など。

もちろん、中米貿易戦争は人的交流などに悪影響を及ぼしています。訪米ビザが出にくくなったり、実際私の同僚らが国際会議に参加する際、入国拒否される事態が起きています。しかしながら、結論として、中米関係が新しい冷戦に入ることはありませんし、全面的に関係を絶つことももちろんありえないでしょう。

(通訳 金丹実)