陶文釗氏講演の概要

今年9月の習近平主席の訪米は、習主席が国家主席に就任して初めての公式訪問であり、また、オバマ大統領の任期内の訪問では最後、つまりオバマ政権における唯一の訪米でもあった。中米双方とも今回の訪問を非常に重視し、ほぼ1年間かけて準備をしてきた。

率直に言って、今年上半期は、米国における米中関係をめぐる雰囲気はあまり良くなかった。シンクタンク、学者、メディアが米中関係に関する多くのレポートを出したが、その中のいくつか重要なレポート、例えばカーネギー国際平和財団のアシュレーテリス、元インド大使のロバート・ブラックウィルは、米国の対中政策の見直しを主張するレポートを発表した。このレポートでは、米中間は、ニクソン政権以来40年にわたり、南海(南シナ海)や東海(東シナ海)の問題、サイバー攻撃などをめぐって難局に陥っており、米国の対中政策は失敗であり、次期政権は中国への牽制とバランスを強化し、協力の度合いは弱めるべきとの主張がなされている。

主旨の文章やレポートは多く、ジョンズホプキンス大学中国研究所のデービッド・ランプトン教授も、現在の米中関係はおそらく一つの転換期にあると言っている。この転換期とは何を指すかというと、かつては、中米関係に関し、希望的・楽観的な見方のほうが悪化を懸念する声より多かったが、今は悪化を懸念する声のほうが大きくなっていることを意味する。このため、米国では、2013年に習主席とオバマ大統領との間で交わされた新型大国関係構築の合意は、反故になったのではないか、と懐疑する声が大きい。

習主席9月訪米の成果

私は、習主席の9月の訪中は大変大きな成果があったと思う。最も重要な成果は、中米関係の方向性を改めて定めたことだ。中米双方は「戦略的再保証」(Strategic Reassurance)」で合意した。

習主席は第一に、中国は引き続き平和的発展の道を進み、どんなに発展しても、覇権を主張することはないことを表明。第二に、中国と既存の国際システムとの関係を説明した。これは中国でも米国でも懸念の声があがっていることである。米国には、新興大国は必ず既存の大国、既存の国際システムに挑戦するため、両者間の衝突は避けられないとの論調があり、中国にも似たような見方がある。今年4月にジョージ・ワシントン大学のデービッドシャンボー教授と話をしたとき、彼は、中国が打ち出したAIIB、一帯一路、BRICS銀行等は、世界の国々に一つの選択――中国による新しいシステムに入るのか、既存の国際システムに留まるのかを迫るものであると言っていた。

習主席は9月の訪米で事あるごとに、中国は既存の国際システムへの参加者であり、建設者であり、寄与者であることを強調した。AIIBや一帯一路は、国際社会に対して提供する公共財の一つであり、既存の国際システムを補完するものであり、「另起炉灶」や「推倒重来」ではないと述べた。(注:「另起炉灶」、「推倒重来」:新規やり直しの意。1949年新中国設立の際、毛沢東はこの言葉を使って、新中国の外交は国民党の外交を受け継ぐものではなく、自分たちで新しくつくるものであると宣言した)。このような表現(「另起炉灶」「推倒重来」)は、中国の高官は使ったことがあるが、習主席が使ったのは初めてであった。習主席はまた、既存の国際システムにはもちろん改善すべき点があるが、これは、中国、米国、そして国際社会が一緒になって、公正・合理的なものを目指して努力していくものだと述べた。

習主席の訪米の成果については、49項目の成果リストが発表されている。その第2項目には、「中国は、米国のアジア太平洋地域における既存の影響と現実の利益を尊重し、米国が地域問題において引き続き積極的・建設的な役割を果たすことを歓迎する」、「米国は、強大な、繁栄した、安定的な、国際及び地域問題において一段と大きな役割を果たす中国を歓迎する」とある。習主席訪米の1日前、スーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官も、ジョージ・ワシントン大学での講演で、この主旨を述べた。習主席とオバマ大統領も何度かこの主旨に言及し、2013年の習近平訪米以来の中米関係の発展に満足し、今後も新型大国関係の構築に努めることを表明してい。

経済面での協力

このほか、中米双方はさまざまな分野において多くの合意に達した。

まずは経済・貿易分野。第一に、中米の二国間投資協定(BIT)がある。TPPとBITでは、オバマ政権はTPPを優先課題としており、TPP協定の交渉に関与しているグループとBITの交渉に関与しているグループが同じであるため、現在はTPPに重点を置いているが、これが妥結したら次はBITに注力するとみられ、オバマ大統領の任期中には妥結すると思われる。習主席とオバマ大統領の会談でもBITに多くの時間が割かれた。BITは中国の産業界に大変大きな影響を及ぼすものなので、向こう1年間で進展がみられることを期待している。

そしてAIIB。ご存知のとおり、当初米国はAIIBに賛成しておらず、日本にも参加しないよう働きかけていた。しかし今回の訪問では、米国は「参加しないが反対しない」、中国は「既存の国際慣行・ルールに従う、ルールを破壊しない」ことで妥協した。

また、人民元の問題。オバマ大統領は、人民元の国際化について支持を表明し、条件を満たせばSDRとして認める可能性を示唆した。

以上は中米二国間の経済協力についてであるが、多国間の経済協力についても中米間の協力を強化していくという話をしている。例えばG20。G20の仕組みの中で、世界経済の全面的かつ均衡のとれた、持続可能な発展に中米両国が積極的に寄与していく。来年のG20サミットは私の故郷の杭州で開催される。米国は中国でのサミット開催に協力すると言っている。

各方面での協力

次に法律、司法面での協力。中米間は犯人引渡し協定がなく、ケース毎に個別に解決するしかないが、今回の訪問で、法執行面での協力を強化することを明確にした。

野生動植物保護の面での協力強化でも合意した。これは一般の人はあまり注目していないことだが、中国の国際イメージに大きくかかわることである。中国では昔から象牙細工が重宝がられており、アフリカで象の密猟をしたり、象牙が中国へ密輸されたりという例が後を絶たず、中国の国際イメージを損なっている。中国の関係当局は、今年10月15日から1年間、あらゆる象牙取引を禁止する法令を出した。

そして軍事協力・交流の強化。これは中米関係において最も脆弱な部分であったが、習近平の国家主席就任以降、両国の指導者の強いバックアップの下、軍同士の交流が非常に活発になっている。2013~15年は、冷戦後最も活発化(warm up)しているといえる。この2年に、中米間は2つの枠組みについて合意した。一つは、相互通報制度――重大な軍事行動を起こす際には互いに通報するというもの。もう一つは、公海上、はからずして艦船が遭遇した場合の対処の方法。

人的交流面での協力もある。第一期オバマ政権時、劉延東国務委員とクリントン国務長官により、中米人文交流ハイレベル協議制度が発足した。米国は学生10万人を中国に留学させる計画を立て、これは既に達成している。現在はこれを中学校、高校、小学校まで拡大し、さらには、2020年までに中国語学習者を100万人まで増やす計画を立てている。また、昨年11月から中国人の米国ビザの有効期限が最大10年まで延長され、年間400万人以上が中米間を行き来している。もちろん、中日間の人的交流にははるかに及ばないが。

また、国連の活動に対する共同支援についても合意。習主席は国連総会で演説し、8000人規模のPKO待機部隊を創設することを表明した。

最後の1点としては、サイバーセキュリティ問題。これは近年中米間で大きく取りざたされている問題だが、習主席訪米前に中国共産党中央政法委員会の孟建柱主席が訪米し協議した。そして、①サイバー攻撃撲滅に向け情報を共有、②両国政府は、インターネットを通じて企業秘密を盗むことに関与せず、これを支持しない、③商業分野において、国際的なルール作りに努める(中国はこれまでも提起していたが、米国はスノーデン事件などもあってこれに賛成しなかった)、④政府間でハイレベルの対話メカニズム、ホットラインを構築することで合意した。

南海問題

習主席訪米の49項目の成果リストには以上述べたことがすべて含まれているが、唯一、南海のことには触れていない。

2010年以前、米国は南海の問題に対し、自分たちとは関係がない、いかなる立場もとらないとしていた。2010年7月に、ハノイでのASEAN地域フォーラムで、クリントン国務長官が初めて次のような立場を示した。①南海の航行の自由は、米国の国家利益である。②南海の島嶼をめぐる紛争は、関係各国の共同の外交努力で解決すべき。③南海の問題は、国際法と国連海洋法条約で解決すべき。

この3点は一理あるように思えるが、中国の南海での主権主張が反映されていない。中国が主権を主張するのは、国際慣行の、最初に発見し、利用し、管理したことに基づく。中国は南海の300万平方キロ全域の領有権を主張しているわけではなく、主張しているのは南海の島嶼とその周辺海域である。国連海洋法条約は1980年代につくられたものであって、中国の利用・管理はそれ以前から行われていた。

また、何かトラブルが発生した場合の対処法として、中国は二国間、当事国同士の話合いを主張しているが、フィリピンやベトナムはASEAN共同での話合いを主張しており、クリントン長官もこれを支持している。2010年以降、米国は南海をめぐる問題を国際問題化し、多国間の問題に広げ、さまざまな国際的な会合においてたびたび言及している。

今年上半期、中国は南海に構造物を建設した。これは南船の航行や生活の利便のためであるが、米国はこれに敏感に反応し、イージス艦「ラッセン」を航行させ、これを認めないとの立場を表明した。2013年に中国が防空識別圏を設定したときも、米国は同じようにB52爆撃機を飛行させた。

中米の南海における対立は長期にわたり存在し続けると思われる。なぜなら、アジアの陸上において、米国が中国を牽制し、均衡をとるためにできることは限られているからだ。米国とロシアの関係は悪くなっている一方、中国とロシアは良い関係である。また、中央アジアやパキスタン、ミャンマーとも中国は良い関係を維持している。唯一インドについては、米国は中国を牽制し、均衡をとるとっかかりとしているが。こうしてみると、今後の中米間の競争は主に海洋上で繰り広げられることとなる。

米国が一番懸念していることは、中国と海洋上で競争し、中国が勢力を伸ばすことである。米国はとくに西太平洋で優勢を保ちたい。そういった意味で、南海の問題は長期に存在し続けるであろう。

しかし、私は、中米間の南海における対立が両国の衝突を招く事態には至らないと考える。なぜなら、中国は平和的発展を維持するからである。先日行われた香山フォーラムで、中央軍事委員会副主席の範長竜氏は、中国は軽率に武力に訴えることは決してないと発言した。また、「ラッセン」航行後、中国駐米大使はCNNのインタビューで、「もちろん『ラッセン』の航行には反対するが、中国の南海問題における立場は変わらない。中米の健全で前向きなパートナーシップを築くことは変わらない」と述べた。

中日米関係

最後に、中日米関係についてお話ししたいと思う。

安定した中米関係がなければ、アジア太平洋地域の平和・安定はないのと同様、安定した中日関係がなければ、アジア太平洋地域の平和・安定はない。

日本は米国の同盟国であるが、冷戦時代とは意味合いが異なる。韓国も米国の同盟国だが、中韓は1992年の国交正常化以来最も関係が良好である。

私がみたところ、安倍首相は訪米、集団的自衛権、安保法案等、まず米国との関係強化を急いだ。他方、中国・韓国との関係は悪化し、日本にマイナスの影響をもたらしたように思われる。言うまでもなく中日は経済依存度が非常に高いわけだが、この2年間、双方にとってマイナスの影響が出ている。共倒れの局面である。中日は利益共同体なのである。

日本としては、米国との関係強化と中国との関係強化はゼロサムゲームでない。米中双方と良い関係を築くことは可能である。

歴史問題については、歴史は尊重すべきだが、歴史を乗り越える努力が必要だと考える。中日両国は互いに平和的発展の道を堅持し、良好で平和的な関係を築くべきであり、これは世界平和に寄与するものであると信じている。

(文責・原 絢子)